Interview | Vol.11 | 2023.03 update

オムロン株式会社
技術・知財本部 奥田武夫さん
イノベーション推進本部エンゲージメント・コミュニケーション部 北村陽子さん

−企業にとって、無形資産であり、最大の価値とされる「人的資本」。昨今、「人的資本経営」という言葉が、さらに注目を浴びるようになってきたと思います。今日は「人的資本経営と知財」をテーマに、奥田さん、北村さんへ、お話を伺わせていただきたいと思います。


1.人的資本経営を前提にした場合、知財をどのように捉えていくのか?

−知財戦略に取り組まれていらっしゃるお立場から、知財をご自身では、どの様に捉えていらっしゃるか、奥田さん、お話を伺わせてください。

奥田:大前提として、私自身は最終的に知財、無形資産というのはインクルーシブな世界を実現するために使われるべきものだと思っています。地球上で生まれたものなので、それは地球上の全員がその価値を享受するべきだと、そもそも思っています。現状の行き過ぎた資本主義という経済システムから、揺り戻し状況になってきている最近の世の中の流れについては、私自身にとってはあまり違和感はなく、一人勝ちのところから、共存共栄に行こうとしている方向性に関しては、個人的には賛同できます。

 ご質問にあった、まず知財をどう捉えているのかという点について、私は、まず人間が生み出すものは全て知財であり、無形資産だと捉えています。知財や無形資産というのは、最終的に世の中に対して社会実装され、何かしらの貢献をする。そうしなければ価値がないと考えているので、ある意味役に立たないものは知財ではないという言い方もできます。世の中に対して社会実装されて、何かしらの価値を提供することによって社会へ貢献できるものが知財だと捉えています。
 ただし、ある特定の事業において貢献できなくても別の事業では活きるかもしれないですので、そういう意味で言うと無駄なものは一つもないという話になるのかもしれません。
 例えば、汚い水を綺麗にする技術があったとします。非常に技術レベルが高く、かつ精度の高い機械が必要だとなった場合、そのような機械は途上国には存在しないので、その技術そのものも、全く使えません、となってしまいます。一方で、原始的なものの組み合わせによって、水を綺麗に濾過する技術があったとしたときに、途上国ではこちらの方に価値がある、となります。知財の価値というのは、非常に相対的なものであり、ここに難しさがあります。
 トータルで考えた場合、ある意味、すべてのものに価値があると思うのですが、「企業知財」という立ち位置から見ると、やはり将来や現在の事業に対して貢献できる、事業を通して世の中に貢献できるもの、これが知財だという捉え方をしています。

 特に、弊社は、世の中の社会的課題を解決して、世の中に貢献するということを自らの存在意義に置いている企業なので、存在意義と合わせて、知財というものを捉えています。
 ここでいう、知財、無形資産というのは、狭義の知財でいう、例えば、特許等の技術系に偏るものでは全くありません。特許権や商標権、意匠権という、いわゆる権利のところは当然含まれ、それ以外に、ブランドやデザインもそうですし、コンテンツ、データ、ノウハウ、顧客ネットワーク、信頼、レピュテーション、バリューチェーン、サプライチェーンも全部含まれると考えています。
 そして、こういったものを動かす組織能力やプロセスもすべて知財、無形資産に含まれるというように幅広く捉えています。企業の知財という立ち位置で見たときには、容易に管理ができるものに目がいきます。つまり、特許権や商標権、意匠権に目線は行きがちにはなるのですが、これらを社会実装させるために必要な周辺の技術も当然あり、個人の技能等も必要ですので、その辺りも忘れてはいけないと日々思っています。
 ただ、ノウハウや技能というものは書面に落とせるものではなく、それぞれ取り組んできた人たち、つまり、人財の中に内在している、蓄積されていることになるので、知財と人財を切り離して考えることはできないと考えています。

−価値は人財にある、ということなんでしょうか。

奥田:知財、無形資産=人財だと認識しています。一人勝ちの資本主義を追求していこうとすると、知財、無形資産の中から技術を取り出し、特許を取ることで排他的な権利を抑え、一人勝ちを狙いに行く、というサイクルが回ることになります。しかし、もはやそういう時代ではなくなってきた。そのような狭い捉え方は、当然駄目だと思います。弊社の企業文化や社憲にある「世の中に貢献していく」という考え方は、全社員に浸透しています。その考えに照らし合わせても、やはり知財、無形資産は技術だけに特化される話では決してありません。

−オムロンさんの企業文化は、どのように社内に伝わっているのですか。

北村:先ほど、奥田さんが言ったように、社会をより良くするために自分たちは事業をしているんだ、存在意義は、そこなんだということがベースにあります。より良い未来、社会をつくっていくために何ができるかということが根底にあり、それに対して共感して入社される方が多いです。これは、創業時から変わりません。社会のために会社があるということは、最近では当たり前に言われるようになりましたが。

−社会的課題の解決を当たり前とする視点を持っているということでしょうか。

北村:そうですね。我々社員の名刺には社憲が記載してありますし、企業理念の実践状況を伝えあう活動もグローバルで毎年実施しています。

奥田:入社時から、毎日のように、存在意義に触れるんです。

−まさに、パーパス経営をずっとやっていらっしゃるということですね。

北村:余談になりますが、弊社の社憲は、「われわれの働きで われわれの生活を向上し よりよい社会をつくりましょう」なのですが、「われわれ」と書いてあるのは、自分たちだけでなく、それ以外の家族もいるし、地球上の人たちに向けたということも含んでいます。まず、自分たちもよりよく暮らしをしてないといけないよね、ということも含まれているところがいいなと個人的には思っています。


2.課題解決の過程、プロセスがイノベーションだと捉えると、無形資産をどのように捉えるのか?

−先日のStudy&Workでは、課題解決のプロセスそのものが価値創造であり、また、その一つの命題に対し、あらゆる方向から解決策・手段を考え、結果、開発された技術やノウハウやサービスが、知財になるということを奥田さんから伺わせていただきました。それらを前提にした場合、課題解決のプロセスこそ、イノベーションそのものなのではないか? と捉えることもできると思います。改めて、課題解決と価値創造とは何か? 奥田さんのお考えについて、お聞かせいただけますか。

奥田:課題解決=価値創造というのは本当にそうだと思っています。繰り返しになりますが、我々の会社は事業を通じて社会的課題を解決するために存在していますので、まず社会的課題は何なのかを掴むことは当然ですし、世の中の課題を解決することは何かしらのサービスや商品を提供することになりますよね。我々の事業、つまり商品やサービスを提供するということは、何かしらの価値を提供していることに他ならないので、我々の認識としては、課題解決と価値提供は限りなくニアリーイコールです。
 社会的課題を解決するためには、こういう価値を提供しなければならないですか? この価値を提供するためにはどんな機能が必要ですか? この機能を実現するためにはどんな技術が必要ですか? と分解をしていき、その技術が社内にあろうとなかろうと、ベストのものを選択して、提供価値を実現していくことになります。このように、外部から技術を導入する、外部と新たな技術を共創する、もしくは、自社開発を行うことは、それはイノベーションを起こしていることに他ならないので、そこでまた知財、無形資産が生まれているはずです。
 何か新しい価値を提供するということは、社会実装まで完了させなければならないと考えています。これは私の定義なのかもしれないし、イノベーションの一般的定義かもしれないですが、イノベーションには社会実装まで含まれていると思っています。
 イノベーションは発明ではないのです。社会実装して世の中に対して価値を提供する、社会貢献するところまで含めてイノベーションだと思っています。そうすると打率は10割には絶対になりません。例えばそのうち1割でも成功すれば大成功、残り9割は失敗に終わります。
 そうであったとしても、失敗の中の過程において、当然様々な取り組みが行われてイノベーションの実現に向けた取り組みをしているわけです。その時に知財、無形資産が生まれており、それは、その時には日の目を見ないかもしれないのですが、取り組んできた人々の中には内在されている。内部に蓄積されていて、それが、また違う社会的課題を解決するときに、花開くこともあるという意味においても、人財の中に知財、無形資産が蓄積されていると捉えています。

−ナレッジマネジメントの考え方にも通じるものがあるように思えるのですが。

奥田:ナレッジをマネジメントすることは本当にできるのか? ということがよく言われます。企業活動の中での経験で言うと、なかなかできない。なぜなら、一人一人の中に内在されているナレッジを明らかにして、それを棚に入れ、こういうときはこれを使うのが良いんだよねと言って、持ってきて使うことが、ナレッジマネジメントだとしたら、それは、おそらく現実的ではない。なかなか難しいんじゃないかと思っています。それはやるべきだと思うし、弊社も一部はできているとは思っています。人の中に内在するナレッジを全て見える化して、管理するというのは、ものすごく難しいんじゃないかと私は考えています。
 例えば、プラットフォーム化をして、特許だけをそこに入れるのであれば、すぐできるのですが、ナレッジを集約する場合、例えば、もっと深いディープなところでの情報が知りたいとなってくると、深くなればなるほど、どんどん幅が細くなるイメージなので、これを管理しようとすると、実現化が難しくなるという企業側のマネジメント特性が出てきます。
 特に、エンジニアなどの技術系に寄っていく場合、尖った人たち、ディープな人たちを集めてくると、ものすごく深く尖った細いものがたくさん集まるので、それをすぐにナレッジマネジメントすることは難しくなります。粒度の違いをどう考えるかという問題があり、極端なことをいうと、細かくしてしまうと人数分の分類が必要で、エンジニアの人数分の定義、結局人のリストだとなってしまいます。この辺りにナレッジマネジメントの難しさがあります。
 技術というのは極める特性もあり、どんどん深くなっていくので、ナレッジマネジメントに関して言うと、この辺に難しさを感じますね。

−とある企業のプロジェクトで、粒度は粗くてもいいから、企業価値を自社で改めて把握するためにも保有技術をリスト化してくださいと伝えたら、なかなか資料を出していただけなかったことがあります。でも、根気よく分析をして調べるほどに、技術と人が、全部紐づいてるのがわかった、これだけの人たちがここで仕事をしてきたんだ、蓄積してきたんだ、ということが見えてきたそうで、それをとても嬉しそうに報告してくれたことがありました。技術単体だけでは、見えてこなかったことまで分析できた、ということをお聞きして、私もとても勉強になりました。

奥田:まさにその通りですよね。結局、ナレッジマネジメントそのものは具現化が難しいということに対して、人財に対してある程度幅を持たせた経験をさせておくことが必要になってきます。
 課題解決のプロセスがイノベーションだと言っていますけども、イノベーションとは学者の定義でいうと異質なものの組み合わせです。試行錯誤の結果なわけです。そうすると95%くらい失敗をするかもしれない。組織の若手には安心して様々なトライをして失敗するということを許容しないといけないわけです。表面上は失敗してもいいから頑張ってトライしろと言うのですが、実際に失敗を許容するということは難易度が高い。
 失敗しても学びましょうという話を前提にした場合、では、何かを学べる失敗とはどのようなものかを考えましたが、本気でトライして失敗しないと得られるものはありません。本気で取り組んで本当に最大限頑張って、その結果何が足りなかったのかということが見えないと失敗によって得られるものはきっと存在していなくて、軽くかじってやってみて失敗しました、それを許してあげる、だから周りから何も言われない、ということをただ繰り返していくと、やる側もやるのを許容する側も疲弊していくということが起きてしまうのではないでしょうか。
 いかに本気のトライをさせて失敗を許すということを繰り返していくか。冒頭に話した知財、無形資産というものが、人財に蓄積されていき、その人財が一定の幅を持ち、そうすると、先程お話したある程度の粒度間の分類でも、ナレッジマネジメントができるようになっていくというところに繋がるのではないかと思っています。
 イノベーションを起こすために異質なものを組み合わせることが前提となるので、これまでは様々な人といろいろなコミュニケーションを密にすることが常識だったと思います。ネットワーク分析のようなことをしてみると、1人の人がある程度一定数の幅広い方と会っているということが有意義であるというデータがあります。今はコロナ禍になったので直接的なコミュニケーションが減ってきていて、そうすると、イノベーションは起きないのかという話になります。
 しかし、Webを介したコミュニケーションは、以前よりも格段にできるようになっていて、かつグローバルで可能となっているはずなので、この先、優秀な人財と呼ばれる人の要件の一つに直接的なコミュニケーションではなく、Webを介したコミュニケーションでもイノベーションを起こせるかということが、一つ大きなポイントになってくると思っています。接触できる範囲が以前より遥かに広くなったので、逆にできる人とできない人の差がものすごく大きくなると思っています。
 先ほど、本気のトライをしないと失敗しても意味がないという話をしましたが、本気でやろうと思ったら考えていることや知っていることをすべて表に出すことになるわけですよね。社外の人たちとコミュニケーションをとったときに、自分の知っていることを全部吐き出すわけです。そうすると、例えば、会社として企業秘密をどうしたらよいかということが問題となるため、その辺りの知財、無形資産の扱いをきちんとしておかないとフットワーク軽く動くことができないので、それは何かしないといけないなと考えています。
 結局、企業秘密とは何か、明確にしなければならない、という話になります。そうすると、先ほどのナレッジマネジメントの話に戻ってくる。どの程度の情報が、企業秘密なのか? ということになり、領域を特定しろという話になり、なかなか精査するのが難しい話となります。


3,人的資本と知財について

−知財という言葉からは、開発した技術やノウハウそのものにフォーカスがあたりがちですが、その価値創造を行った「人」が重要で、かつ、その人自身の価値創造の背景にある知恵=ナレッジこそ、企業にとっての最大の知的資産なのではないか。そのような議論が「人的資本経営」という言葉で、昨今、注目を浴びるようになってきたと思います。「人的資本と知財」の関係性について、どの様に捉えていらっしゃるか、ご意見を伺わせていただけますか?

奥田:確かに技術やノウハウにフォーカスが当たりがちだというのはその通りです。繰り返しになりますが、私自身は、人そのものだと思っています。その人の中にあるナレッジ、それが一番大きな無形資産だということについては、全くその通りだと思います。ですので、人的資本と無形資産を切り離して考えるということはありえないと考えており、ナレッジやノウハウはその人財に蓄積されていく、もうここは絶対に外せない。必ずしも全てが書面に落とせるものでもないので、人というところを切り離して考えることはできないと思っています。
 企業における知財戦略を考えるときに、特許のような目に見えるもののマネジメントだけだと容易ですが、それでは絶対に不十分であり、目に見えない内在しているナレッジをどう扱うかということが重要になりますが、難しいと思っています。
 今私が出向している内閣府での取り組みでも、日本企業は知財、無形資産をフル活用できてないという課題設定を置いていて、企業全体でマネジメントやガバナンスをもっと効かせていかないといけないという話をしています。

−1人の人が全てをやる必要はないのかなと思います。たまに、ダ・ヴィンチのような完璧な人もいますが、そうではなくて、社会からどういうことが求められているかというニーズを把握することが得意な人、開発に没頭したい人。開発者は深く掘りたいし、それがいつか何かの役に立つかもしれないし、他の技術者からどんなことがありそうかということを聞いておきたい。いくつか開発を蓄積をしていく中で使えるタイミングが来る場合が多いと、企業内の技術開発者の方からお聞きした経験があります。企業全体において、ある程度ナレッジが把握できていれば、それを活かしあって、価値創造することができるのではないでしょうか。

奥田:そうですね。そういう意味で言うと、技術系とは言いながらも、我々の社内の土壌、ベースには、社会貢献があるというところは大きいだろうなと思います。社会貢献を重視することは文化とも言えます。ただ、社会貢献することを最上位に置きすぎて、儲けを二の次にするというのは企業としてはどうかという話も出てきたりはするので。オムロンさんは良い人すぎると言われます。良い人すぎるから、儲からないんだよって言われるんです(笑)。

−事業利益を上げることが第1の目的ではないから、あくまでも社会貢献をするために企業を運営し続けることができればいいということですよね

奥田:そうです。よりよい社会を作るんです。これは本当の話で、そのために一定の売り上げを上げないといけないし、一定の利益を上げないと継続できないからやっている。

−今回のプロジェクトのテーマでもあるのですが、経済と社会を両立させるために、ある程度、経済合理性を考えつつ、社会実装していくことをオムロンさんは、ずっとされてきたということですよね?

奥田:そうです。もう少し経済合理性を考えろと言われてはいますが。

−利益は開発費などに?

奥田:そうです。次の社会的課題を解決するためにどうするのかということを常に考えています。

−奥田さんは、「人財」とおっしゃっていましたが、「人材」と書くのが一般的ですよね。

奥田:人財の「財」は財産の財です。オムロンでは昔からそうです。私が入社した30年ほど前の時点で、すでに財産の財だったと思います。
 オムロンの事業の話をすると、基本的に大きな柱が4本あります。まず一つ目の柱がヘルスケア、体温計や血圧計です。二つ目の柱がファクトリー・オートメーションと言って、工場の自動ラインを制御するような機械です。例えば、自動車は流れ作業で作られていますが、流す側の機械やセンサー等を作っているのがオムロンだと思ってもらってよいです。それから三つ目の柱が社会システム。自動改札機を世界で一番最初に作りました。四つ目はセンサーやスイッチといった電子部品です。

−良い人すぎるというのは、すぐ技術を公開するということでしょうか?

奥田:いえ。世の中に広く使われるように、価格を安く設定するという話ですね。儲ければいいのにとか、いろいろと言われますが。

−最近では、検温器が、どの企業でも教育機関でも置かれていますね。

奥田:大量に寄付したこともあります。

−売らずに?

奥田:この場合はそうです。

北村:ヘルスケア事業も収益をあげて黒字事業になるまでに30年ぐらいかかっています。創業者自身の「人の幸せのためには健康が一番大事だ」という信念があったので、続けてきたともいえますので、そういう意味でも、いい会社ですね。

奥田:そうですね(笑)。

−志がすごい。

奥田:人的資本とは何かということですが、資本の中身をどう捉えるかが重要だと思っています。それはナレッジマネジメントとも絡んでくるのですが、資本の中身を知財の観点から言うと、例えば、特許のように書面として目に見える形のものと、これまでの業務実績、いわゆる過去のトラックレコード、それから、トラックレコードを積み重ねる際に蓄積してきたナレッジ、この3つがおそらく資本の中身です。私は過去の実績だけで評価してはいけないと思っていて。この3つの組み合わせから推測される将来の可能性まで含めて資本だと考えてほしい。それを具体的にどうするかということは、これから考えないといけないのですが、過去の実績だけを見て評価するのでは全く足りないと思っており、未来の可能性を考慮しようということは大いにあります。
 目に見えないところを何らかの代替指標を使って把握できるようにしないと、人財のマネジメントは難しいだろうなと思っています。なので、そういった情報を踏まえると、例えば、本人に対してこの先どんな業務経験を積ませれば、足りないところのナレッジが上がっていってより良くなるのかということも考慮できるので、そういったところも含めると人事が絡む人財戦略と知財戦略は実は一体不可分で考えないと難しいですね。ただ知財部門の人が人事まで全部手を出すというのは、この規模になるとなかなか難しいのですが、ナレッジと言い出すと人事の話、キャリアパスの話も当然絡んできます。

−オムロンさんでは人財育成、評価基準も含めて、どのように考えていらっしゃるんでしょうか。

北村:今まさに変えようとしているところです。世の中の流れ的にもそうですが、ジョブ制を取り入れようというところに向かって、制度を見直しているところです。技術や知財に関連する話としては、エンジニアや知財担当者のキャリアをどう育成していくかに注力して、一人ひとりと話をし始めています。

−会社さんによってはいわゆるエリート育成を実施するケースもありますが、そうすると会社内での差が出てくると思います。もしかしたら、それに選ばれている人たちのなかには、パフォーマンスがうまいだけの方もいるかもしれない。無形資産という意味で言うと、その人の隠れた内在しているところにある本性は、環境によって、引き出されてくることもあると思うのですが、どうでしょうか。

奥田:今変えようとしている最中ですが、過去の実績評価が存在する一方で能力という切り口の評価もしています。この2つの組み合わせで個人の評価に繋げ、その先のキャリアパスを考えることはやってきてはいます。とはいえ、なかなかナレッジマネジメントのところまでは非常に難しい。

北村:以前、奥田さんは知財センター長を務めていたときから、人財育成には力を入れていらっしゃいましたよね?

奥田:いなくなってから、花が開くことはよくありますよね。

−開いたのですか?

奥田:開いたようですね。現場に置かれた途端に発揮し始める。自分でやらないといけないとか、そういうこともありますよね。

−これは御社だけでなく、他の企業さんでも、弊社でも、みんな課題ですよね。

北村:全社的な人事部門が作るルールを待っていたら追いつかないので、知財部門もそうですし、エンジニア部門もそうですし、各事業部門で独自に手を打ち始めていますよね。イノベーション推進本部という部署も独自のルールをつくり、それをだんだんとオムロン全社に広げていっています。このように新しい動きをさせてくれる会社ではあります。


4.人的資本経営と人財の評価について

−多様な価値が集まる、ダイバーシティによって組織が成立していること、そのものに価値がある。このように多様であることを前提にした場合ですが、これまでの企業内の一元的な評価の仕方というものを改めて見直していくことも、非常に必要になってくるように思います。評価については、色々な考え方があると思いますが、奧田さんのお考えをぜひお聞かせください。

奥田:過去分の評価だけだったら、きっと、そのうちAIが全部やってくれますから、正直に言って、将来に向けた可能性しか人財の評価って意味がないと思うのです。個人に蓄積する知財、無形資産というナレッジと言われる部分とそこを考慮した将来の可能性を評価していくようにしていかないと、人財を活かしていくことができないのではないかと思っています。もう一つは現在の職務範囲を超えて外部に出していくということを柔軟にできないといけないと思っていますね。

−企業側からすると、人財の流出が技術等の企業価値の流出にも繋がりますね。

奥田:日本企業は流動性に対して、まだまだ過敏なので、ダメなんだと思います。インクルーシブな社会を実現する、その社会という外部との線引きをどこにするかというときに会社で括ってはダメですよね。せめて、東海で括ろうと言うのであれば括ったらいいと思います。流動性は当然必要だと思うし、それは答えの一つであると思っています。
 みんなでインクルーシブな社会を作ろうというとき、共存共栄なのでそんなことは気にしないというのが正論だとは思います。しかし、それはできないので、サッカーのレンタル移籍のようなイメージがいいのだと思います。戻りたかったら、戻れる。うちの会社も辞めた後に、戻りたくなったら、戻っていいよという制度が一応あるのですが。
 でも、日本の会社は基本的には1回辞めた人をもう一度採るのは感じが悪いと受け止めがちですよね。どんどん変えていけばいいと思っていて。サッカーのレンタル移籍ってすごい制度だといつも思うんです。

−例えば、奥田さんが農業系の企業へ行って土の地中温度を測るとか、そういう異分野の企業さんへ行くということができるといいですね。

奥田:そうなんです。もっとそういうことを自由に自在にできるような仕組みと、あとは認識、意識の問題なので、その辺りも変えていかないといけません。

−日本では、スペシャリストを育てる風土があると思います。だから、1つのことしかできなくて、本人は会社のためにすごい頑張ってやってきたのに、ある日突然時代が変わったから、あなたはいりませんとなるのは、とんでもないことだと思っていて。それは、企業側にも問題があると思うし、企業風土、日本の風土がそうなのかもしれないのですが。もっと一人ひとりの人間は、多様だと思っています。この人は、もっとこういう可能性もあるかもしれないとか、1人の人の可能性を開いていかないと、ですよね。

奥田:そうなんです。だから、過去実績だけを見ていたら評価できない。将来の可能性をどう評価するかというところ。絶対にそれしかないです。そっち側を見ないと活用できない。
 企業内で働く一人ひとりに価値があること、また、その一人ひとりの評価をできる限り正しくしていくとなると難しいと思いますが、でも、それを一つ具体的にやる方法としては、失敗してもいい、チャレンジできる風土があれば、やらせてみれば、この人はここで活躍できるのかいうことがわかるわけです。データを集めてきて、目をじっと見ることで、何ができそうか? なんて絶対にわからない。

−一人ひとりの可能性が花開くタイミングも、みんな違いますよね。

北村:大きな企業にいる社員側にも課題はあると思っています。何をやりたいかを聞いて出てくる主体性のある流れであれば、すごくいいと思うのですが、与えられたら頑張りますというような受動的なケースもありますよね。

−それが、悪いのかというと、そこでやってみて自分を発見していく人もいるでしょうし。主体性を持って取り組んだものの、残念ながら、実績が出せないことも多々ありますね。

奥田:失敗したあとのフォローとして、個々人のモチベーションアップさせないといけないですよね。人的資本の観点から見ると、能力発揮の低い状態でそのまま置いておくというのは企業にとってマイナスになってしまう。会社の人財に対して成長してもらえるように機会を設けないといけないですね。

−自分で立てた目標や、やってみようと思ったことを3ヶ月なり半年で、自分で振り返り自分で評価し続けるということをやっていった方が、本来は成長に繋がる可能性が高まりますよね。

奥田:そうですよね。会社のルールで言うとMBO(目標管理制度)に当たりますが、オムロンでも導入しています。目標設定は自ら行い、自ら評価してということをしてはいるのですが、最終的には査定は会社側が行います。自分で目標を立て、自分で振り返り客観的に見ることは、非常に重要だということは大いに思います。これは奥田個人の意見ですが、私は「人を育てる」ということはできないのではないかと思っています。
 「人に教える」ではなく、「人を育てる」ということについて、自分は神様ではないので、「人を育成する」とか「人を育てる」ということは、おこがましくて言えない。私自身は、人は育つのであって育てるものではないと思っていて、いかに、その人たちに対して、機会を与えることや振り返るチャンスを与えること、周りの環境設定をすることが私たちにできることであって、直接的に育てるということではないんです。毎日説教したら成長するというのは、それは、ちょっと違うと思っています。マネジメントとは、仕事をマネジメントするのであって、人間をマネジメントするのではない。大抵の場合は、人をマネジメントしようとするケースが多いですよね。その辺りで、人財が育つかどうかの差が出ると思います。

−人間の本性を開く状況を作る。教育論でも、そのような考え方がありますが、企業も同様に、状況を作る、用意することが、マネジメントの役割でもある、ということでしょうか。一方で、異業種の企業が交流するオープンイノベーションの場では、それぞれが創造性を発揮できるような状況をどのように用意するか、ということも考えていかないとならないですね。

奥田:そこではもう少し考え方の方向性をガイディングする必要があると思います。

−何のために集まるのかということですよね。

奥田:最終的なゴールを設定しないと、判断がブレるので。ゴール設定なしに、自分たちの利益を少し減らして他の人のためにやることは絶対ないです。今回はサーキュラー・エコノミーの話なので、全体を通じて最適に持って行き一人勝ちではない世界を考えるときに、今までよりも利益が減る人たちも当然出てきます。それを納得するためには、大前提の大きな目標が必要で、そこに向かっていかないといけない。
 東海サーキュラーが解決する社会的課題は何ですか? という課題を設定して、全員がそれに納得し、同じ方向に向かっていきましょうということにならないと、やはり難しい。

−課題に対して何ができるのか目的が一致していれば、役割を果たすために、個々にできることはあるはずですよね。

奥田:そうだと思います。場を作ることを一体誰がやりますか? というところが、一番の問題です。

−例えば、オープンイノベーションのために、企業間で人財を共有しあうことを前提にした場合、人財の評価をどのようにしていくか。自社に貢献した人を評価する仕組みだけだと、評価の側面が難しいですね。

奥田:それは大上段の目的、目指すべきところがあり、それをブレークダウンしていくことになります。目標を達成するのには、これとこれをやらないといけないという話になり、さらに、これを達成するには、これとこれをやらないといけないとブレークダウンされていって、一個人ができるところはものすごく小さい話で、一個人がやっているところだけを見れば、そこと一番上の目標との繋がりが見えないんですよね。だけど、評価する側はそれを見ないといけない。
 一番末端のところで、個人が頑張って成果を出した、もしくは、成果を出さなかったが、イノベーションにトライしたということが成果なのかもしれない。この目標から紐付けて考えると、今企業において一番難しいのは、個々にはそれなりに日々仕事をして何かしらやっているのだけど、これが大上段の目的に繋がっているか実感できないところが問題なわけです。やっている人たちの充実感を削ぐという意味では。だから、東海サーキュラーの話をオープンイノベーションによって実現しようと思うと、このうちの本当に一部かもしれないけれど、自分が担っているんだという気持ちをどこかで感じられるかどうかです。私がやっていなかったら、このパーツがなかったら、全体は実現できないんだと思えないといけないんです。もしも本当にこのパーツがなくて成立するのであれば、いらないです。それぞれの役割があるのでそれを果たさないといけないんですよ。

−やり切るということですね。やめては駄目ですよね。

奥田:やめたら全体が崩れますよ、あなたは重要なポジションを担っているんですよ、全員が必須だからということが見えないと人間は頑張れませんという話です。でもそれって遠くなるほど、ブレークダウンしていくほど見えにくいんですよね。

−究極的には、誰一人取り残さないことだと思っていて、そうなってくるとマネジメント側もそれぞれが果たしてくれた役割をきちんと見ないといけないですね。表層だけ見てパフォーマンスだけがうまい人を評価しがちということもあります。これは、オープンイノベーションだけではなく、企業内の評価であっても、同様のことが言えると思いますが。

奥田:見えないところでいろいろな調整をしている人がいるわけじゃないですか。そういうところを評価しないと、その人がいなくなったら全体が回らなくなります。でもそういうところを見る部分はだいぶ弱いですよね。パフォーマンスだけを見ることは簡単で楽ですよね。
 最後に、サーキュラー・エコノミーとサーキュラー・ソサエティの本質は、究極的にはインクルーシブな社会を作り出すことだと思っています。それを実現するには今のサーキュラー・エコノミーは物的資源だけの還流にアテンションが当たりすぎている感じがしていて、やはりそこには人財を含めた知財、無形資産の還流も含めないと成立し得ないんじゃないかと思っています。

 

SDIM5989


オムロン株式会社 技術・知財本部
奥田 武夫
オムロン株式会社に入社後、商品開発エンジニアの経験を経て、2001年より知的財産に関する業務に従事。各事業部門における知財戦略策定、推進を担当した後、全社の知財戦略を担う知的財産センタ長に就任。2017年には内閣府主宰「知財のビジネス価値評価検討タスクフォース」に参画し、経営デザインシートの策定に携わる。その後、新規事業をスコープとするイノベーションセンタ企画室長を経て、2021年4月より、内閣府知的財産戦略推進事務局にて、「知財・無形資産の投資・活用戦略の開示及びガバナンスに関するガイドライン」の策定等の知的財産戦略推進を担当し、現在に至る。

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Design & Photograph: Takahisa Suzuki(16 Design Institute)
Copywrite & Text: Atsuko Ogawa(Loftwork Inc.)
Text: Madoka Nomoto(518Lab)
Photograph: Yoshiyuki Mori(Nanakumo Inc.)

Director: Makoto Ishii(Loftwork Inc.)
Director: Wataru Murakami(Loftwork Inc.)

Producer: Yumi Sueishi(FabCafe Nagoya Inc.)
Producer: Kazuto Kojima(Loftwork Inc.)
Producer: Tomohiro Yabashi(Loftwork Inc.)
Production: Loftwork Inc.
Agency: OKB Research Institute

 

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