Intervew | Vol.10 | 2023.03 update

神宮司庁 広報室広報課 神宮宮掌 潮貴文さん

 

良き先祖になるには良き先祖に学び新たな知見をまとめ実行し、繋げていく事が重要である。 

 

−次世代へと繋ぎ、未来へと繋いでいく。非常にロングスパンで物事を捉えていくこと。それらは、神宮の営みの根源にある、非常に重要な時間軸であり、スピリットでもあると思います。このような感覚を取り戻していくと、おそらくは、自然と、過剰に物を作り続けることや、過剰な消費、過剰な廃棄というった社会課題も含めて、一人一人の考えが根本的に変化していくことに繋がっていくと考えております。
 改めて、次世代へと繋げていくことについて、神宮では、どのように捉えていらっしゃるのか、また、それをどのような営みとして、継承されているのでしょうか?

潮:ロングスパンで物事を考えるとき、それは未来だけではなく過去の歴史や、先人達の営みに目を向け、それと同時に今自分が立っている時代があくまで現代という一点であるということを実感として意識することが必要なのではないかと思います。そう考えると自分がいかに小さな存在であるか分かるのではないでしょうか。神に仕えるとは大きな御存在の前で自分を小さくする事でもあります。小さな存在である事を自覚し、微力ながら可能な限り後世にとって有意なものを次世代に引き継いでいくかを考える事が重要なのではないでしょうか。神宮について申し上げるならば、引き継いでいくものの中心が「祭祀」ですので、そのために意義のあるものを各が考えて引き継いでいくということでしょう。神宮の祭祀を次世代に繋げていくのは一人で出来る事ではありません。例を挙げるならば、持統天皇の御代に始まった神宮式年遷宮は1300年以上の歴史がありますが、今まで何の心配も無く続けられたわけではなく中絶の歴史もあるのです。
 戦国時代、世が乱れる中で遷宮を行うことが困難になった時代がありますが、慶光院上人という尼僧が社殿が朽ちていくのを憂い、全国を行脚して神宮の窮状を訴えた結果、多くの人々の心を打ち時の為政者である織田信長や豊臣秀吉をも動かして寄進を得た結果、遷宮の復興が成し遂げられたという歴史があります。その様な歴史の中には上人の様に名前は残りませんが、多数の神職や周囲の尽力があったことが想像されます。「良き祖先」という言葉を伺うと、歴史上の人物だけではなく、そのような多くの人々の姿が思い浮かびます。
 良き先祖になるためには、良き祖先に学びそれを現代に生かし、そして、それを次世代につなげていく。現在だけに軸を置くスタンスでは良き祖先にはなれないと思います。そのための一つの考えとして今の自分はあくまで現在に大切なバトンを預かっているという意識です。神宮ではそれが祭祀です。特に1300年前から今に続く式年遷宮は年間の祭祀とともに大切なバトンなのです。その時その時の時代でどの様に渡していくべきか先人達は常にそれを考えてきたのだと思います。

 

SDIM6917

 

−昨年度は、神宮の森林経営計画のお話を伺わせていただき、五十鈴川の源流となる森へ、特別に入らせていただきました。森は循環の源になっていること、森から流れる水は、田畑を潤し、豊かな土壌を生み出し、豊かな恵みをもたらす。また、その水は塩田や、魚、海藻など、その先にある海ー伊勢湾がもたらす豊かさへと繋がっていると伺いました。全ては繋がっているという、この営みの大切さを、未来の子どもたちに向けて、どのように伝えていきたいとお考えでしょうか。

潮:昨年は実際に神宮の森を取材され、「神宮森林経営計画」について主にお話し致しましたが、先日は五十鈴川の水をひく神宮神田、本日は神宮御園(みその)をご覧になり、また二見浦近くの塩田もご覧になり、点と点が線でつながり神宮の営みが自然との共生の内に成り立っていることを理解頂けたのではないでしょうか。
 仰るように未来の子供達にという視点は非常に重要なことと考えています。最もくもりのない瞳でこの自然を眺めているのは子供達だと思います。せせらぎの清らかさや、雨の音、風の音や森の声、大人以上の感性できらめく自然を見ていることでしょう。そのような子供達には是非一つ一つの自然の営みが自分の命を育んでいることを伝えたいと思います。こちらは本年新しく作り直した子供用のパンフレットです。伊勢神宮のパンフレットですので御由緒などを説明するのはもちろんですが、この中に込めたのは一粒のお米ですら人の力だけで頂くことは出来ないという当たり前のことです。
 先ほど神宮の営みは自然との共生の上に成り立っていると申し上げましたが、そもそも人というのが自然との共生により生かされていますので、神宮の営みは人の自然な姿と言った方が良いのかもしれません。
 子供に伝える前提として、私は神職という立場ですので米の一粒に神を見ると申し上げますが、それが難しいならば、まずは自然という我々を超えた存在があり、自然によって我々が生かされている。その自然は決して人の都合で動いているのではない事を理解することでしょう。当然、人として可能な限り防衛策は必要ですが、自然は人がコントロール出来る対象ではないという前提が共生には必要です。神への祈りにはその前提があるのです。個人レベルでは危険な状況の中に自ら身をさらし、その被害の矛先を制度に向けるという事案も散見されますが、今申し上げた前提が無いことが原因だと思います。
 人と自然との関係を見たとき、恐らく産業革命までは人の生活に変化はあっても非常に緩やかなものでした。それが産業革命以降は変化のスピードが加速度的に進んだといえます。めまぐるしい変化のなかで、明治時代には既に警鐘をならす教養人はいました。例えば田中芳男という博物学者は無作為な自然の乱開発が今後、人々の生活を脅かすことになると既に述べています。現在の環境問題を既に指摘していたということです。本来日本人が持っている自然を畏怖の対象とする思想を今改めて見直すならばもう少し異なる未来を描く事が出来るかもしれません。

−神宮では、お供えする食べ物を、この伊勢の地で、自給自足されていると伺いました。食べ物の素材が、そもそも、どこで、どのように作られているのか、現代においては、自分自身の口に入れるものについて、ほとんど分からない、または、想像がつかないというのが、残念ながら実情だと思います。かつては、当たり前のように、その地で育て、収穫し、料理し、美味しくご飯をいただくという循環が行われていましたが、それらが、当たり前ではなくなってしまった現代社会というものを見つめ直してみると、もしかしたら、この食の営みの変化が、社会の分断、社会と人の分断、人と人の分断というものにも繋がっているのではないか? とさえも、思えます。
 改めて、神宮の営みとして、長きに渡り継承されている食の営みの循環について、お話を伺わせてください。また、なぜ、伊勢神宮は、これほどまでに、食の大切さを今に伝えていらっしゃるのでしょうか。

潮:自給自足というと現代においては何か特別な事をしていると思われるようですが、自分たちの生活を成り立たせるため皆が協力して作物を育て収穫し、土地の海や山、川の豊かな自然の恵みを有り難く頂くという生活はかつて当たり前のことでしたし、そもそも、それが本来の人の営みなのだと思います。春に種をまき丹精込めて育て、時期に応じて風雨を祈り、秋には収穫したものを神々に感謝を込めて捧げる、そのお供え物にはもちろん海や山、川の恵みもあります。作業の一つ一つに神への祈りがあり、それは日本人の生活習慣と言った方が良いのかもしれません。近代国家において、それが今も行われているところが伊勢神宮です。日本人は、もともとその様なコミュニティの中で人と人との関係を紡いできた文化があると思いますが、現代ではその様なコミュニティも失われつつあります。一旦その方向に向かっている以上、その中で、かつての先人達の営みから知恵を汲むという事が必要なのではないのでしょうか。
 仰ったように、当たり前のように、その地で育て収穫し料理し美味しくご飯をいただくという生活が行われていた時代とは異なり、各地から食べ物が手に入る便利な時代になりましたが、それ故に食物の作り手や調達者が見えにくいという事態も生じたと思いますので、食と人と社会の関係は無関係では無いと思います。
 伊勢神宮ではお供え物のお米は神宮神田、野菜は神宮御園で育てています。塩は二見浦近くで濃い海水を採取し、煮詰めた後に焼き固めています。
 伊勢の地に天照大御神をお祀りされた倭姫命はお祭りの仕組みを整えるのにあわせて神様へのお供え物を調達する場所を探されました。お米を育てる神田は国造、今で言えば県知事から献納されたものです。また、その足跡を辿ると、例えば二見では土地の神から塩が捧げられ、志摩国を訪ねられた際には海女から鰒(あわび)が捧げられ、非常にお喜びになり調達先としてお定めになったとの記述もあります。その様な記述から皇女と土地の人々の非常に麗しい交流も想像されますが、倭姫命はそのように接した人々の顔を思い浮かべられていたことでしょう。現在も鰒を始めとする海産物は近隣の海から調達していますが、特に神饌の調達を担当する職員はその様な人々と直に連絡を取り合っていますし、神田や御園の作業員は神宮の職員ですので我々と同じ奉仕者の一員です。我々が収穫されたものを最初に手に取るのはお祭りの前に行う調理奉仕ですが、神田や御園の作業風景を知っていますのでやはり手にした時には格別な想いです。

 神宮についての食を語る時、外宮の御鎮座は重要な意味を持ちます。
 内宮の御鎮座から約500年ほど後、雄略天皇の御夢に天照大御神のお告げがありました。
「吾一所(あがひとところ)のみに坐(ま)せば甚(いと)苦し。しかのみならず大御饌(おおみけ)も安く聞(き)こし食(め)さず坐(ま)すが故に、丹波国比治(たんばのくにひじ)の真奈井(まない)に坐(ま)す我が御饌都神 豊受大御神(みけつかみ とようけのおおみかみ)を我許欲(わがみもとにもが)」

 「安心して食事をする事が出来ないので、食を司る神として豊受大御神お祀りして欲しい」というこのお告げにより外宮に豊受大御神をお祀りする事となりました。そこには生命の源である食の重要性を改めて我々に教えて下さっていると理解出来ます。
 外宮の御鎮座以来約1500年の間、外宮では日別朝夕大御饌祭(ひごとあさゆうおおみけさい)というお祭りが朝と夕に毎日行われており、天照大御神や豊受大御神を始め諸神にお供え物をしています。お供えされるのは丹精込めて育てたお米や旬の野菜、手作りの塩、神域内の井戸から頂いたお水などです。
 日本の神話には食に関する記述が見られます。天照大御神が天皇陛下の御祖先にあたる瓊瓊杵命(ににぎのみこと)を地上に遣わされた際(天孫降臨)、天照大御神が瓊瓊杵命(ににぎのみこと)に伝えられた三つのお告げ(三大神勅)の中には重要な記述があります。「斎庭稲穂(ゆにわいなほ)の神勅(しんちょく)」といいますが、その中で天照大御神は瓊瓊杵命(ににぎのみこと)に稲穂を託し「私が高天原で食す稲穂を託します。瑞穂の国にふさわしい主食としなさい」と告げられました。人々が飢えることが無いように、この稲穂を以て主食にしなさいという意味です。お祭りが稲作を中心に成り立っているというのは、このお告げにありますし、外宮の御鎮座も含め大御神から我々に対する慈愛が示された有り難いお言葉と理解し、重く受け止める必要があるといえます。その年収穫された初穂を最初に天照大御神に捧げる神嘗祭が神宮で最も大切なお祭りであるのも、その慈愛に対する感謝ともいえるでしょう。

 

SDIM7775
SDIM7765

 

−温暖化など環境問題による社会課題だけではなく、その根本にある社会というものを見つめ直すことの重要性を、昨今、よく聞くようになりました。社会と人の分断、人と人の間にある本質的な繋がりの喪失は、あらゆる社会問題へと繋がっていると思います。今までの当たり前を見つめ直し、捉え直すこと。伊勢神宮の循環の営みを深く知ることは、豊かな社会とは何か? 幸福とは何か? ということを改めて見つめ直すことにも、繋がってくるのではないか? と感じました。
 このような観点から、幸福とは何か? 幸福な社会とは何か? 是非ともお伺いさせていただけないでしょうか。

潮:幸福という大きなテーマについての提言をここで申し上げることは出来ませんが、先ほど申し上げた外宮御鎮座のもととなった天照大御神のお告げには我々が心するべき事が含まれているようにも感じます。
 古代思想ではありますが、人が生きていく上で共助のために国家が出来たことをプラトンは説いています。例えば、人が一人で生きていこうとすると、食べ物の確保と衣服の作製、住居の建設やその他諸々の仕事を全て一人でする必要がありますが、三人の共同生活ならば一人は毎日三人分の食べ物を確保し、一人は服の作製、もう一人は家の建設に専念することが出来、効率よく生活をすることが可能となります。この形が大きくなったのが共同体といえます。共同体が大きくなれば人は様々に自分の得意な分野で力を発揮し、共同体に還元することが出来ます。それぞれの分野で人々が切磋琢磨しあう中で共同体は発展するものだと思います。
 先ほど仰ったように社会と人、人と人との分断が様々なところで社会問題となり痛ましいニュースが頻繁に聞こえてきます。社会と人という文字面だけで表してしまうとなにか現実味を帯びないものですが、もう少し身近に考えては如何でしょうか。私とあなた、共に呼び合う関係、それが家族、共同体、社会の基本です。
 先ほどお話しした外宮に豊受大御神をおまつりするもととなった天照大御神のお告げには改めて現代の私たちへの箴言が含まれている様にも思えてきます。

「吾一所(あがひとところ)のみに坐(ま)せば甚(いと)苦し。しかのみならず大御饌(おおみけ)も安く聞(き)こし食(め)さず坐(ま)すが故に、丹波国比治(たんばのくにひじ)の真奈井(まない)に坐(ま)す我が御饌都神 豊受大御神(みけつかみ とようけのおおみかみ)を我許欲(わがみもとにもが)」

 最も尊い神様が、ひとりでこの場所におまつりされるのは心細く食事も安心して食べることも出来ないと告げられたのです。そこには食の重要性が説かれているのはもちろんですが、そばには共に食事をするような存在が必要であるというメッセージも含まれているように感じます。
 我々に必要なのは衣食住はもちろん、人には人が必要であるという箴言とも理解できるのではないでしょうか。そのお告げにより外宮に豊受大御神をおまつりして以来、外宮では日別朝夕大御食祭が毎日行われており、お祭りでは天照大御神、豊受大御神や諸神が共にお食事をお召し上がりになります。そのお祭りの様からも神様が我々に大切なことを教えて下さっていると感じます。
 人間が大地から糧を頂く原始的な存在であることは変わりません。人と人が密接に関わり合えばあうほど、そこには絆や信頼関係が生まれると同時に当然ながら諍いも起こります。それら全て含めて人間であり、神はその様な存在として我々をお生みになった。信頼関係の裏には関係悪化もあります。ご提示の現代的なつながりの喪失は人が人間関係の煩わしさや関係悪化のリスクだけを避ける一方で、やはり人を求め情だけを享受しようとするところにも原因がある様に思います。伊勢の神宮には神に対し様々な想いを抱いた100名以上の神職がおりますが、皆が協力しないとお祭りは成り立ちません。その様な意味では先ほどお話しした共同体の原則があるのだと思います。神宮という尊い御存在のために、それぞれが自分の役目を認識し務めを全うするということです。

 

SDIM7807



神宮司庁 広報室広報課 神宮宮掌
潮貴文
昭和55年4月9日 生まれ 広島県出身。平成16年3月 國學院大學文学部卒業。同年4月神宮出仕拝命。広報室、総務部勤務等を経て、平成25年には第62回神宮式年遷宮に奉仕。平成26年4月 神宮宮掌を拝命し。文化部勤務等を経て令和3年4月より広報室勤務。

others

credit
Design & Photograph: Takahisa Suzuki(16 Design Institute)
Copywrite & Text: Atsuko Ogawa(Loftwork Inc.)
Text: Madoka Nomoto(518Lab)
Photograph: Yoshiyuki Mori(Nanakumo Inc.)

Director: Makoto Ishii(Loftwork Inc.)
Director: Wataru Murakami(Loftwork Inc.)

Producer: Yumi Sueishi(FabCafe Nagoya Inc.)
Producer: Kazuto Kojima(Loftwork Inc.)
Producer: Tomohiro Yabashi(Loftwork Inc.)
Production: Loftwork Inc.
Agency: OKB Research Institute

 

本プロジェクトへのお問い合わせは

株式会社FabCafe Nagoya CE事務局 
〒460-0002 愛知県名古屋市中区丸の内3丁目6-18 
Mail : info.nagoya@fabcafe.com


© Loftwork Inc.  / FabCafe Nagoya Inc. / OKB Research Institute


View