Interview | Vol.9 | 2023.03 update

弁理士法人オンダ国際特許事務所 所長
恩田誠さん

 ㈱大垣共立銀行が、グループ企業である㈱OKB総研と、㈱ロフトワークをパートナーとして始めた「東海サーキュラーエコノミー推進事業(知財活用)プロジェクト(以下、東海サーキュラー)」。現代の製造業の集積地である東海エリアだからこそ実現できる循環型経済を描き、実装に寄与することを目指しています。
 複数プレイヤーのコラボレーションによって新たな社会システムを構築していく過程では、新たな知的財産の創出が期待されます。その反面、懸念されるのは「知的財産権」の問題です。個社の知的財産を守ることを前提につくられた特許をはじめとした知的財産権の仕組みを、複数のプレイヤーで共同利用することは可能なのでしょうか。
 ㈱OKB総研 戦略事業部長 長瀬一也と、㈱ロフトワーク 取締役 COO、㈱FabCafe Nagoya 代表取締役 矢橋友宏が、弁理士法人オンダ国際特許事務所 所長 恩田誠さんにお話を伺いました。

特許情報は宝の山

矢橋:東海エリアは製造業が圧倒的に多く、恩田さんのようなプロの方が密接に関わって、知的財産を守って来られたと思います。昨今の動向として、何か変化を感じていることはありますか?

恩田:これまで特許は製造業が取るべきものというのが通念でしたが、昨今はゲーム会社やソフトウェア開発会社、EC事業者など、非製造業からの特許に対する注目が高まっています。特に、今回の東海サーキュラーの話になると、製造業を取り巻くステークホルダーも含めて、みんなで知的財産について考える必要がありますよね。それにともない、特許の取り方や我々の守備範囲も変わっていくのだろうと感じています。

矢橋:なるほど。企業同士のつながり方が、これまでとはまったく異なっていくからこそ、さまざまなプレイヤーとコミュニケーションをしながら、アイデアを共有したり検討したりしていく必要が出てきそうですね。その前提として、まずは従来の特許を取っていく流れを教えていただけますか?

恩田:まったく新しいビジネスアイデアであれば、まずは大枠から取って、あとで細かい技術を押さえていきます。とはいえ、これまで誰もやっていないことを思いつくなんてことはなかなかないでしょうから、広範囲を押さえる特許の取得を狙うのは難しい。どうにか一歩前進するために、小さくても取れるところから取っていくのがスタートになります。

矢橋:恩田さんのところに「このアイデアで特許を取りたい」と相談が来たら、まずはそれが本当に新しいアイデアや技術なのか、調査するところから始めるのですか?

恩田:そうです。まずはキーワードで検索して特許の有無を調べ、もしなかったらコアとなる技術を伺って、それで取れそうであれば取りに行く流れになります。

矢橋:先に特許の有無を調べてから開発に取り掛かるケースもあるのでしょうか? 恩田:そうですね。一番の理想は、競合他社が保有している特許をマッピングした〝特許マップ〟を作り、それを見ながら「ここが空いているから狙っていこう」という目標を決めた上で、その技術を実現するためのアイデアを我々も一緒に出し合いながら、開発を進めていくやり方です。このやり方であれば、かなり独自性が出て、その後の市場形成も容易になるのですが、新規事業創生に多額を投資できる大企業でないと難しいので、現実的には少ないケースではあります。
 これをもし複数の企業でやるのなら、ターゲット市場を決めて、各社の強みを持ち寄りながら、「ここを攻めるべきだ」という共通認識を持ち、我々のような知的財産のプロがまとめていく、というのが理想形だと言えます。そんな綺麗な絵を描くのは、そう簡単なことではないと思いますが。

矢橋:実際に複数の企業で一緒に特許マップをつくってビジネスを描かれたことはありますか?

恩田:いいえ。これまでに見たことはないです。まったく異なる得意分野を掛け合わせるとしたら、そういう場を取り持つコーディネーターやコンサルタントのような方を入れていくのが現実的だと思います。

矢橋:特許マップをつくるのは、自社のコアとなる強みを明確にしたり、得意な技術をブラッシュアップさせたりする効果もありそうな気がしますが、いかがですか?

恩田:そうです。特許マップを見ながら、「今のチームだけでは足りないから仲間を増やすべきだ」とか、「特許を使えるようにするためには、むしろ敵を入れた方が早い」といった気づきが得られるので、特許情報はすごく役立つ宝の山なんですよ。まだまだ、うまく活用できているところはごく少数だと思いますが。
 特許を調べると、〝生死情報〟というものがわかります。特許は、特許料を二十年間払い続けなければ維持できません。特許を出願して審査中であったり、権利が存続していたりすれば、〝生〟。審査の過程で取り下げられたり、特許料を納めずに権利が消失していたりすれば、〝死〟。死んでいる特許は自由技術なので、使うことができるんです。

矢橋:死んでいる特許は結構あるものなんですか?

恩田:そうですね。特許を出願しただけで三年間、審査請求をしなければ出願中のステータスもなくなって自由技術になるのですが、たしか審査請求率は七割くらい。出願された特許のうち三割くらいは、その後、事業をやめたり資金が続かなかったりして放棄されている。そうした生死情報を見極められると、宝を見つけることが可能です。

特許を共同資産として活用する道はあるか?

矢橋:たとえば他社の特許を使わせてほしい場合には、買い取りを持ちかけることはできるんですよね?

恩田:はい。特許権そのものを買うか、実施権だけを買うか。

矢橋:今回、東海エリアのサーキュラーエコノミーを考えるにあたり、複数企業に集まっていただいて、いろいろなアイデアを出し合うワークショップを実施しています。そのときに、イベントの中で出てきたアイデアは主催企業に帰属する前提で行うケースもあるのですが、こういったケースのご相談は過去にありますか?

恩田:直接受けたことはありませんが、基本的に発案した人が発明者になるので、事前にしっかりと契約を締結するなり、念書をもらうなりしておかないと、権利意識の強い人がいたら大変なことになりますよ。

矢橋:アイデアを出してくれる人を尊重するために、いくばくかの報酬をお渡ししたいと思いつつも、事前にどこまで握っておくべきかという判断が難しいんですよね。アイデアを出した人に権利は留保しながらも、利用したい企業が出てきたら、ちゃんと取引を成立させられるようなガイドラインをつくれたらいいのかなと思っているのですが、いかがでしょうか。

恩田:特許法にも明記のある〝職務発明制度〟は、「技術者が業務の範囲内で発明したものは、企業の権利として自動的に譲渡されるものの、相応のインセンティブは与えよう」というものです。その考え方からいくと、「あなたがこのワークショップで発言したアイデアを採用したら、特許の中に発明者として名前を明記して報奨金を払います」といった合意を得ておく方法はあるのかなとは思いますが、実際に行われている例は存じ上げません。

矢橋:職務発明制度で想定されているのは、従業員と法人の関係性ですね?つまり、特許の仕組みは〝個〟を前提としているので、〝共創〟が前提となる状態は考慮されていない。これが企業同士になった場合、どうなるのでしょうか。東海サーキュラーを考える中では、製造業はもちろん、物流やリサイクル事業者など、さまざまなプレイヤーと一緒に議論を進めるケースも発生すると思いますので、これまではまったく想定していなかったような新しいアイデアが生まれてくる可能性もあります。このようなケースで特許を取得することは、現実的にあり得るのでしょうか?

恩田:どうでしょう…。フェアにするのであれば、そのワークショップで出たアイデアはすべて共有資産とした上で、特許費用は均等負担として、自由に使用できるようにする、という方法が考えられます。しかし、たとえばA社B社C社で取得した特許を、B社のライバルであるD社に売ろうとする企業が出てきた場合にどうするのか、といったややこしい問題が生じるリスクは否めません。

矢橋:各社の事業内容が異なるからこそ、B社のライバルはA社のお客様というケースは往々にしてありそうですね。とはいえ、社会全体の利益を考えると、「特許はみんなが自由に実施できるようにしようよ」と言いたくなるのですが…。

恩田:いわゆるオープン戦略ですね。期間限定で自由に使用できるようにすることで、プレイヤーを増やしてデファクトスタンダードを確立する。でも、オープン戦略は、大手で財力がないと難易度が高い。あるいは同業多社で集まってコンソーシアム形式で特許を取得したり持ち寄る方法も考えられなくはないですが、やはり高度な知見が必要であることは確かです。

矢橋:コンソーシアム形式とは、参加企業で費用を負担しあって、特許を自由に使用できるようにするということですか?

恩田:そうです。費用の負担額は保有している特許の量によってもいろいろ変わってくるでしょうが、要は特許をコンソーシアムの中でプールしておくイメージです。

矢橋:東海サーキュラーでコンソーシアムをつくり、費用を出し合いながら知的財産を共同で管理して、コンソーシアムのメンバーは自由に使用できるようにするというのは、ひとつの可能性としてありそうですね。

恩田:言い方は悪いですが、そんな平和な世界を描けるとは限りませんけどね。特許というのは、新たなテクノロジーを生み出すために、発明者にインセンティブを与えて、次の技術開発につなげるための独占排他権を付与するのが従来の主旨です。〝みんなのため〟という考え方とは、常に相反するところがあるのです。

課題を乗り越えた先にある未来を目指して

矢橋:コンソーシアムに参加する企業が知的財産に関連して受けられるメリットには、どんなものが考えられますか?

恩田:サーキュラーエコノミーに資するプロダクトやサービスを立ち上げる際にコンソーシアムが保有している特許を利用できる点はメリットだと言えます。併せて、共同でサービス化を進める際に知的財産権の有効活用をコンソーシアムに属する専門家チームが支援する体制があれば、個別に動くよりは実効性や効率も上がるのではないでしょうか? あとはコンソーシアム全体で生み出した利益をうまく分配する仕組みをつくるとか。いずれにしても交通整理をするのは、すごく大変だと思います。

長瀬:プレイヤーだけでルールを決めるというのは難しいですよね。知財の専門家チームで決める方が現実的だと感じます。

恩田:これまでの概念で言うなら、「共同出願なんて、やめときなさい」となってしまう。仮に、海外展開をすることになれば、それぞれの国で特許を出願することになり、どんどん費用は膨らんでいく。そうすると、「もうこれ以上、お金は出せません」という企業が出て来ないとも限りません。
 五年、十年と長く継続させるイメージがあるなら、運営会社を設立して、その会社が知財を保有するという形態の方がベター。「当初の信頼関係だけで技術を共同保有して、みんなで活用しましょう」というのは、あまり現実的ではないと思います。

矢橋:きれいごとだけでは運営できないと思いつつ、どうにか参加者がポジティブに未来の社会について考え行動できる場をつくっていきたいんですよね…。
 ちなみに、特許で収益を上げようと期待せずに、最低限の投資で抑える方法は、あるのでしょうか?

恩田:あります。特許は攻めるだけのものではなく、守りにも使えるものですから。最低限、パテントクリアランス(特許侵害予防調査)だけは実施し、他社の特許を侵害していないことは確認しておき、新しいアイデアができたときには、自分たちを守るために特許を取得することでリスクを抑え優位性を担保する。そうやってガツガツせずに最低限の投資で運営するやり方はあるかと思います。

矢橋:仮に、東海サーキュラーの主幹である㈱大垣共立銀行がコンソーシアムを運営するとした場合、どんなリスクが考えられますか?

恩田:途中で足並みが揃わなくなって脱退者が出る、というケースが考えられますね。「コンソーシアムの参画費用ほど利益が得られないのに、なぜ平等に参画費用を負担しないといけないのか」と不満を漏らす企業が出てきたときに、どうするのか。先ほどお伝えしたように、特許は二十年スパンという中長期で考えるものですから、せっかく費用をかけても特許が成立した頃には当事者がいないというリスクもあります。

長瀬:現時点で確実な体制までは見い出せませんが、いろいろと論点は見えてきた気がします。

矢橋:やはりコンソーシアムの中に恩田さんのような弁理士の専門家チームは必須ですね。一方でそれが特許事務所として新しいポジションやビジネスモデルに繋がるのかもしれません。

恩田:そうですね。先に申し上げた通り「特許権」は本来「社会の進歩のために新しいアイデアや技術を創出することを促進する」ために生まれており、特許事務所はその特許の取得を支援することで社会の進歩を促進させるために存在している。新たに現れる共創社会において、新たな知財の在り方や戦略作りをサポートする役割を担うのが、次の我々の姿かも知れません。 矢橋:本日はいろいろなご意見をいただき、ありがとうございました。


弁理士法人オンダ国際特許事務所 所長
恩田誠
中央大学法学部法律学科卒。フロリダ州立セントラルフロリダ大学工学部 電子工学科卒。一九九四年弁理士登録、オンダ国際特許事務所入所。二〇〇三年オンダ国際特許事務所所長就任。


Text: Madoka Nomoto(518Lab)

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Design & Photograph: Takahisa Suzuki(16 Design Institute)
Copywrite & Text: Atsuko Ogawa(Loftwork Inc.)
Text: Madoka Nomoto(518Lab)
Photograph: Yoshiyuki Mori(Nanakumo Inc.)

Director: Makoto Ishii(Loftwork Inc.)
Director: Wataru Murakami(Loftwork Inc.)

Producer: Yumi Sueishi(FabCafe Nagoya Inc.)
Producer: Kazuto Kojima(Loftwork Inc.)
Producer: Tomohiro Yabashi(Loftwork Inc.)
Production: Loftwork Inc.
Agency: OKB Research Institute

 

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