Interview | Vol.6 | 2022.06.08 update

VISON(ヴィソン) 
株式会社アクアイグニス 代表取締役 
立花哲也さん

 

− 今、ステークホルダー資本主義など、あらゆるステークホルダーの共創によって経済そのものを捉え直すことが求められる時代になってきたと思います。今日は、そのような共創的ビジネスの実践者として、ぜひ立花さんにお話を伺ってみたいと思いました。みなさんとつくられた「ヴィソン」という施設について、まずお聞かせください。

立花:ヴィソンでチャレンジしたことですが、まず、建築物として、木をたくさん使いました。伊勢神宮の式年遷宮にならい、神社仏閣は木造という構造で、ペンキや防腐剤を塗っていなくても、建物として、何百年と保たれているんですよね。基本的に商業施設は二十〜三十年の定期借地契約で、更地にして返すことが前提になっている。そもそも、三十年で終わることが前提となっているんです。テナント自体、五年程度の短い契約で入れ替わることが多いです。
 今回は真逆で考えてみました。建物は悪くなったら都度張り替え、、メンテナンスしながら、地域の山林、大工さんと一緒に、何十年何百年続けていきたい。テナントも、いわゆるナショナルチェーンではなく、味噌・醤油・味醂・出汁などのメーカーに出店を依頼しました。今の時代、日本の食文化、発酵文化もどんどんなくなってきていますよね。和食文化を地域のメーカーと一緒に、継承・継続していくことが、私の想いです。テナントのみなさまも何十年も何百年も継続していただく。本来なら出店しないブランドや飲食店に、今回ご出店いただいてます。

− 施設のなかで、大変古い樽があるのを拝見しました。伊勢の酒造蔵からもらい受けた樽だと伺いました。実際に、その樽を使い漬物を漬けていらっしゃるんですね。

立花:今、世の中で出回っている漬物は、真空パックになっていて、保存料と着色料が入っているのが普通ですが、あの漬物屋さんは、すべて自家製の糠で漬けていて、今日中に食べてくださいねというものなんです。糠床の漬物をそのまま、お客様には持って帰って頂きます。〝伊勢沢庵〟(いせたくあん)といって、もう伊勢では作っている人がいないんですけど、漬物屋の方がもう漬けるのを辞めるって言っていたのを、私たちは、大根を引っこ抜くところから手伝わせてもらって。二年かけて漬けるんですけど、そういうものを残していくことが大事なのかな、と。このままだと、美味しい〝伊勢沢庵〟が食べられなくなってしまいますので。伝承していくことも大事だなあと。

− なるほど。ヴィソンは「食文化」を事業の柱にしているのですか?

立花:日本の食文化を継承して、そして、元気にすること。出汁をとって、美味しい料理をすること。自然素材の発酵文化を残すことが大事で、それに賛同いただいているメーカーにご出店いただいているんです。お酢だけ、醤油だけではなくて、出汁があって、お米があって、お酢があって、海苔があって、マルシェにお魚があって、お寿司をつくることもできる。お互い出店者同士が盛り上がるし、イベントをし合ったり。三重の食文化すべてが集まったのかなと思っています。

− このヴィソンは、昔ながらの「健やかな営み」の復活の場でもあるのかもしれないと、漬物の樽を見たときに、そのようなことを感じました。一方で、このような施設を運営していくにあたって、資金を集めたり、住友林業㈱さんなど、大手企業が絡んでいると思いますが、このような事業構造は、いわゆる政治的になりやすい側面があると思います。この辺りを、どのように調整をされたり、考えられているんでしょうか。

立花:大手企業さんも、地方創生に関わりたいし、やらなきゃいけないと考えていらっしゃるんですよね。でも、やる場所もよくわからないし、一社ではできない。今回、施設のなかでは、自動運転の車も走らせようとしています。モビリティの道路も作っていて、何年も前から、そういう構想をしていました。計画地は三十五万坪の広大な敷地ですが、私有地なので、なんでもできるんです。ヴィソンをひとつのプラットフォームと捉えて、例えば、新しい技術を取り入れて、地方創生にチャレンジしませんか、と各社さんにお話ししました。
 三菱電機㈱さんが、モビリティの自動運転を実証実験として試されていて、また、ヴィソン内のホテルには、遠隔医療を行うクリニックも入っています。MRT㈱という会社で、ウェブ上に登録ドクターが七万人もいる。お医者さんって、この町には、数人しか、いなかったのに。このような場所だからこそ、あえて、挑戦しやすい環境を企業向けに作っています。
 この〇〇の分野では、一番の技術を持った、〇〇さんやってくださいとか−例えば、建物・建築なら木を使うことにおいて、日本一の企業である住友林業㈱さんにやってくださいと。そういうところに上手に当てはめていくことができたので。ちょうど大企業さんも、地方に活躍の場を探していたところに、そういった場所を提供できたと思いますし。こんな企業が参加して、地方創生に取り組んでいくよと話すと、じゃあ、うちも参加したい、と思っていただけるようなアイデアを出せたと思います。
 今回のコンセプトは「地域と共に」としていて、共に発展し続けることで、食文化も継承されていくし、新しいデジタル技術を採用することで周辺の町を元気にすることができたり。三十二社の大手企業が、ほぼ手弁当で参加してくださっていて。補助金なしでも、やろうね、と。また、これまでは、食文化をテーマにした大型の施設がなかったんですよね。なぜか。

 

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全景

VISON[ヴィソン]
東京ドーム24個分(約119ha)の広大な敷地に、四季を感じるホテル、日本最大級の産直市場、薬草で有名な多気町にちなんだ薬草湯、和食の食材メーカーによる体験型店舗、有名料理人が手掛ける地域食材を活かした飲食店、オーガニック農園など、約70店舗が出店する、多様性と専門性を兼ね備えた大型複合商業施設。

 

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アクアイグニス
「癒し」と「食」の複合温泉リゾート施設。全国でもめずらしい加水・加温・循環一切なしの源泉100%かけ流しの片岡温泉を中心に、辻口博啓のスイーツや石窯パン、奥田政行のイタリアン、笠原将弘の和食などトップシェフの店を展開。オーガニック離れ宿などの宿泊施設やいちご園も併設。

 

 

−いわゆる「産直売場」というのはあると思いますが、食文化として伝えていこうというのは、なかなか、ないですよね。食がテーマだと、規模とかそういうことではなく、ひとつのテーマに、みんなが関わることができるんだなあと感じました。経済という器だけですと、関わることができる人が限られますが。今回、三重を訪れて、「食の文化」というものをより身近に感じることができました。立花さんは、こちらのお生まれなんですか?

立花:三重県三重郡菰野町の近くにある、四日市市で生まれました。

− もうひとつの施設「アクアイグニス」のある菰野町そのものが、とても美しいところですよね。文化の香りがすごくするなあと。アクアイグニスも、いろいろな方が多様に関わられているところだと思います。どのようにして、この施設をつくられたのですか?

立花:アクアイグニスは、十年前にスタートしましたが、構想そのものは十五年前です。もともとは、日帰り温泉宿・片岡温泉という古い宿を経営していていました。片岡温泉が当時新しく建設する予定だった高速道路に当たってしまい、移転しなくてはならなくなりました。ピンチであり、チャンスでもあり。移転費用もいただいて、さらに借入もしたんですが。
 どこの温泉街も、寂れて、無くなっていくなかで、山の上にある「湯の山温泉」というエリアも当時は年間八十万人ぐらいしか来ていなかったんですね。今、アクアイグニスでは年間百万人ぐらいお越しいただいて。湯の山を含む、このエリア全体で二百万人ぐらい来るような場所になったんです。
 施設内の辻口さんのお店は、監修ではなく、移転なんです。駒沢公園のお店を閉められて、スタッフさん、機材と共にこちらにお越しいただいて。若い多くのパティシエを雇用されて。監修ではなく、お店の移転であったこと。そして、本物であったことが大きい。
 アクアイグニスに関しては、企業や行政が何かしてくれたわけではなく、自社で自力でつくりあげました。その当時は有名なシェフとか、パティシエとかもこないだろうとか、批判ばかりでしたけど、実際にオープンしたら、これだけ多くの方にお越しいただいて。全国から「うちの町でもできないか」とお話しをいただいております。
 実は、宮城の仙台市役所の土地で、震災で被害にあったところなんですが、来年、アクアイグニスをつくろうと。地場の建設会社やホテル、レストランを経営している企業さんが中心となっています。ノウハウとか、ブランドを我々は、お貸しして。十人ほど、今こちらの三重に研修に来ていただいていて、仙台に戻っていただいて、活躍してもらおうと。地域のいいものとして、食をテーマにした施設にしてもらおうと思っています。
 テーマが食であると、よくある商業施設のように、テナントが金太郎飴のような、どこでも一緒ではなくて。味噌も、発酵文化も地方・地域でまったく違うし。違う街でやっても、違う色を出せる。食は、重要です。オーガニックに取り組むとか、酒蔵を残すとか、発酵の味噌蔵も残していくことが大切だと思います。
 この何年も、世の中は効率化効率化で。せっかくあった日本のいいものがどんどんなくなっていく。本来は、観光資源でもあると思うんですよね。インバウンドが戻ったら、日本酒の蔵だとか、発酵文化はすごく人気になると思うし。そういった意味でも観光資源として残していくこともできるかと考えています。
 かつて日本にあった大切な食や文化が、この二十年でなくなっている。だからこそ、その文化を残すために、今の流れと逆のことをすべきかと。利益を考えたら、チェーンの飲食店などを入れたほうがいいんですが、それはやらない、と。だからこそ、今回賛同していただけたと思います。

−相手が大企業であっても、この人だからこそお願いしよう、という想いがありましたか?

立花:まず、社長と話すことですね、一番は。今回、ご参加いただいた企業さんは、継続させていくことや、地域のこととか、そういったことにこれからは目を向けていかないと、という想いが届いた会社さんだと捉えています。

−ヴィソンはまだ立ち上げたばかりで、いろいろな課題が出てきたりしていると思いますが。新しい、誰もやっていないことをやろうとすると、いろんなことを言われたりすることもあると思います。そういうことに、ご自身では、どう向き合って、どういう心持ちで対処されていくんですか。

立花:めげずに、頑張る。もちろん、反省すべきことは、なんとか直していかないとなんですが。今回も、本当をいうと、歩道は最初は砂利道だったんですね。近くの宮川の砂利を使って。伊勢神宮も、参道は砂利。一方で、大きな施設は、たいていアスファルトですよね。ですが、今、高齢の方とか、ベビーカーの方がお困りになっているので。自然石の舗装にすることを決めた。ご批判もいろいろあるんですけど、一つひとつ対応していきたいと思います。

− 最終的にやってよかったね、と受容しあえるといいですよね。すごく大変なことにあえて挑戦されていらっしゃるので、つい、聞いてしまいました。食文化を継承していくことについて、立花さんが、今のように考えるようになったのは、いつぐらいなんですか。

立花:十年前にアクアイグニスを作ったあと、次、何をやろうかと。いろんなお話をいただいたんですが。そのようなときに、生産者さんの話とかを聞くと、農業が全然儲かってない。食の流通が便利になる一方で、食そのものが、どんどん体にも悪くなっていく。食が腐らない。水とかお茶も、色が変わらない。お茶は真っ茶色になるのが本当なのに。あまりにも便利になりすぎて。そうではないものを自分自身も食べたいし、昔ながらの当たり前のものがなくなってしまうのが悲しい。おばあちゃんの味噌汁が美味しかったのに。
 廃業されようとしていた伊賀市の酒蔵を和菓子の井村屋さんが買ってくれて、廃業を免れました。水産業もそうですね。七年前までは二千隻あった船が五百隻しかないんですよね。すべてが激減して、なくなっていっている。農家さんも、効率の良い大規模農園も良いかもしれませんが、地場で大事にしている品種だとか、そういうものが本当は大事だと思っています。安くたくさん作らないと、スーパーが買ってくれないとか。だから、形は悪くても、人気のレストランが使ってくれるとか、そういうことをやらないと。
 また、そういうことを伝えていく場所にしたい。食の大学、食を学ぶ場が海外にはあるけど、日本にはないから、やりたいなあ、と。ヴィソンも本当は、食の大学を作りたいという構想はあったんですけど。
 食は大事、地域と食ですね。


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株式会社アクアイグニス 代表取締役
立花哲也
一九七四年三重県生まれ。一九九二年高等学校卒業後、地元建設会社に勤務。一九九四年には自ら建設会社を設立する。二〇一二年「癒し」と「食」をテーマとした複合温泉リゾート施設「アクアイグニス」をオープン。二〇一三年から「VISON」の建設プロジェクトをスタートした。二〇二一年に、ヴィソン多気株式会社の代表取締役に就任。

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credit
Design & Photograph: Takahisa Suzuki(16 Design Institute)
Copywrite & Text: Atsuko Ogawa(Loftwork Inc.)
Text: Madoka Nomoto(518Lab)
Photograph: Yoshiyuki Mori(Nanakumo Inc.)

Director: Makoto Ishii(Loftwork Inc.)
Director: Wataru Murakami(Loftwork Inc.)

Producer: Yumi Sueishi(FabCafe Nagoya Inc.)
Producer: Kazuto Kojima(Loftwork Inc.)
Producer: Tomohiro Yabashi(Loftwork Inc.)
Production: Loftwork Inc.
Agency: OKB Research Institute

 

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