Study | 2023.03 update

kaimen Prototyping 代表
プロトタイピング研究家 長﨑 陸さん

今回のやりかたについて

 これら一連のプロトタイプの流れを、プロジェクトの与件や、Covid-19から継続する社会的制約やリモートワークスタイルの可能性も加味しながら、トライしてみました。


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 まずは、様々な文献をあたり、デスクトップリサーチもクイックに行いつつ、プロジェクトの背景や文脈の蓄積と理解に努めます。並行してこれまで実地で体験してきたサーキュラーエコノミーや参照可能な類似体験のなかで、オブザベーションする対象を考えます。(図解①・②)
 時間と予算が無限にあれば、このデザイン・リサーチの初期段階で充分なオブザベーションやインタビューが可能なのですが、実際にはそうはいきません。ここで、〝フォーカスドオブザベーション〟と、〝Jumping Fish® = ジャンピングフィッシュ〟(図解①)に表記した独自手法をとります。詳しくはここでは割愛しますが、一定の評価基準の中で浮かび上がってきた観察対象にフォーカスして没入観察することで、極めた限られた調査機会の中から、未だ言語化されていないニーズや構造を理解していきます。
 リサーチ→オブザーベーション→インサイト(図解③)へ。「共視対象」とか「共有する目的」がなければ、経済的合理性だけでしか協業の合意ができないという限界が、いろいろな事例でわかってきた。サーキュラーエコノミーを構想する手続きに必要な自社のバリューチェーン、サプライチェーン、協業できる相手などを洗い出す膨大な作業においては、経済的合理性だけで要素分解しても、必ず行き詰まり、実装しても持続的な活動に結びつかないというボトルネックが過去の事例でもありました。
 人間性や人間関係資本、自然資本など、何がどう豊かになっていくのかという観点に言及した究極的な目的が不在なので、ある意味、〝サーキュラーエコノミーやるべし〟という号令のなかでは、カーボンニュートラル含めて、ひとまずお上から言われたことを実践しようという〝手段の目的化〟が起こってしまっている。要するに、サーキュラーエコノミーをどう解くかは、Complicated Problem(複雑な問題)ではなく、Wicked Problem(厄介な問題=何が問題なのかさえ分からないという問題)である。問いを設定せず要素分解を続けても答えが永久に出ないのがこの問題の厄介なところ。むしろ、自分たちはどうしたいのか、どうあるべきなのかという問いを先に決めて、アクションを続けなければならない。
 現状の時流では、ComplicatedなProblemを要素分解することに長けた人たちが、バタフライマップなどいろんな教科書的なメソッドを鵜呑みにして、とりあえず全部要素分解してみるが、結局何をすれば適切かわからず、思考停止してアクションも停止し、何も始められないという現象が頻発している。これが最大のリスクとして見えてきました。
 あとはこれですよね、「人間関係資本と自然資本の協調した回復」という言葉が究極的なゴールとしては確からしいのですが、この言葉、「世界平和の実現」みたいな言葉と一緒で、明日から自分でも取り組める具体的なステップの明示に欠けていて、マスからすると自分ごとにしづらい話なんですよね。経済的合理性をひっくり返す為の皆が目指すキーワードとしては人を束ねられないので、手段の目的化を防ぐ為の処方箋としては、かなり抽象的すぎるというインサイトも浮かび上がってきました。
 以上の背景が見えてきたところで、Wicked Problemを打破するとっかかりとなる問いかけのデザインを始めます。よく見過ごされるのですが、プロトタイプを作るには全て仮説が必要で、仮説を作るためには問いが必要です。HMWクエスチョンと呼ぶのですが、「How might we 〜?(もし〜ならどうだろう?)」の文体で表現される形で問いかけを文章化します。今回作ったのは④の問い。(図解④)
 今回のHow might we questionでは、もしも、数々のステークホルダーが法人格、自然人格問わず、一人の人間として、それぞれ自分ごととして腹落ちする「共感できる、共通の目的」を、トップダウンではなく、ボトムアップ的に共創できたらどうだろうか。それを行うサーキュラーエコノミーをテーマにしたワークショップという場で、どう言語化し、社会実装の共通言語としてアグリーしていけるのだろうかという投げかけにしました。実務的に端的にまとめちゃうと、どうやれば誰もが共感できる望ましい未来を、みんなで制限時間内に描けるかというチャレンジかと思います。
 この下に示す二軸四象限の二本の軸を説明すると、横軸がサーキュラーエコノミーを視野に入れたとき、ないときで、縦軸が共通の目的がちゃんとあるとき、ないとき。という設定です。左下の象限は、サーキュラーエコノミーの観点がなく、実現したい目的もない収奪経済だよね、と。一般的な今までどおりの経済なんだけど、サーキュラーエコノミーの文脈で表記すると、持続的でない経済であると言える。その真上の象限、企業として社会で果たしたい目的=ビジョンがある場合は、ビジョンに基づく競争力が大切な共感資本主義があるであろう、と。この点線で囲んでいる左側の象限が、今の世界だよね、と。サーキュラーエコノミーでは、ここから右側の象限を描こうとしているけど、たくさんのプロジェクトは目的が不在で社会実装がうまく成立しない〝かりそめのサーキュラーエコノミー〟。そうではなくて、僕らは右上に行きたいんだよね、というのを確認した図になります。
 で、④ができたらそれを仮説としていっぱいアイデアを出す。これは私自身でアイデアをがーっと出したり、㈱ロフトワーク相手にテストや壁打ちしてフィードバックを得たり、あーだこーだとやったと思うんです。ここでは個別に言及はしないんですが、良いもの悪いもの含めてたくさんのアイデアがありました。で、これは「質より量」が大切なDirty Prototype(ダーティプロトタイプ)のプロセスだよねという感じです。(図解⑤)
 その後、強度のある仮説として生き残ったアイデアを試してみました。私の出身地でもある徳島を例に、中心メンバーで、CEP(クリティカルエクスペリエンスプロトタイプ)をワークショップ形式で試してみた。(図解⑥)まずその地域の風土と歴史を理解し、それが現代経済にどのような系譜と文脈をもたらしているか、その上で地域で何を循環させると、望ましい変化を提案できるのだろうかというビジョンが持てるというところまで、本番さながらに実演してみました。その結果、実地テストとしてこれなら何とかうまくいきそうだという定性的な確信を持てたら、それを極めて短時間のリモートワークショップの中で実行可能なようにワークショップ設計と実装をCFP(クリティカルファンクションプロトタイプ)として進めていきました。(図解⑦)
 デジタルネイティブではない世代も巻き込んだリモートワーク+限られた制限時間の中で、どう取り組むか。オンラインホワイトボードシステムをベースにして、細かくステップを区切って。かつ、初学者であっても操作しやすく、意図を飲み込みやすいようなインターフェースに気を配り、プロセスの作り込みをやっていきました。
 iteration=繰り返しとは、うまくいかないことや失敗を前向きに捉え、改善とアップデートを高速で重ねてより適切なプロトタイプに進化させるために必要なアクションです。細かい失敗の原因を潰しながらCFPが作り込まれて、これだと多分うまくプロセスを回せそうという話になった。というところで、CEPとCFPをひとまず用意した状態で、私たちも初めてのトライではあったけれど、試しに「風土記を皆で描く」ことを、Day1・Day2でやっちゃおうぜ、アンバサダー企業の方々と一緒に!と準備と決心がつきました(図解⑧)
 実際に皆さんとのワークショップでそこそこ描けたんじゃないかと思いますし、㈱ロフトワークの皆さんがワークショップと並行して風土記に関する現地取材を行っていて、そこで得られた結果を基に、風土記に対してフォーカスをかけられたことがプロセスを加速させました。東海の風土記という物語性を掘り起こすことで、農・林・水産という産業の基本システムが、伊勢湾と木曽三川という水の循環によって成り立っているというひとつづきの東海風土記物語が浮かび上がってきた。これに肉付けして、皆の共視対象として新たな物語を積み上げていこうと。
 そこで一次リンク(風土記に直結しながら創業し継続してきた企業)、二次リンク(風土記に直結していないが、一次リンクの企業が拡大させた巨大経済を苗床に創業し継続してきた企業)という構造が浮かび上がり、東海風土記に必ずしも、東海の企業すべてが接続されているわけではないということも、文章にしてみれば当たり前だが解ってきた。プロトタイピングしてみないと実感できなかった新たな知見でした。(図解⑨)これをどういう風に改善して解決していくか。㈱ロフトワークと私とで、ああでもないこうでもないと、アイデア出しながら悩みながらダイヤグラムを作ったわけですよね。(図解⑩)
 ダイヤグラムができあがって、「船と水との未来の風土記」を描くことによって、これならうまくいきそう!二次リンクもこれなら接続できそうだと確信が持てました。(図解⑪)これをアンバサダー企業全員参加の対面ワークショップやリモートワークショップの合間に、㈱ロフトワークメンバーと議論を繰り返してプロセスを作り込んでいきました。
 FunKtional Prototype(ファン「キ」ショナル・プロトタイプ)としてそのプロセスに基づく共創ワークショップをやった結果、㈱ファーストさんとか、トヨタ自動車㈱さんとか他のアンバサダー企業の方々全員から、とても新しいアイデアが出てきた。ここから生まれたファーストさんの〝海中サイネージ〟という発想、ホワイトボードの上にペンで描いたイラストレベル、Dirty Prototype(ダーティプロトタイプ)としてのアウトプットではありますが、そのアイデアが描き出す未来の可能性は素晴らしかった。ここで出てきたDirty Prototypeレベルのアイデアがすべて、「船と水との未来の風土記」に接続されることで、一次リンク企業であっても二次リンク企業であっても全員が共通の目的に対して次のステップへ進むことに腹落ちしたという結果が醸成されました。FunKtional Prototypeを試行してみたことに対するフィードバックとして良い結果が出たと思います。
 プロセスダイアグラムの⑧から⑪までに示される「皆で風土記を理解し、皆で風土記をアップデートしていく」プロセスが、今回のプロジェクトで新たに発見、発明された知見だと考えています。そうすれば、実装可能な「Preferable Future=より望ましい未来のあり方」を東海経済圏を包括する大きな未来のプロトタイプとして描けるだろうというところで、ひとまず、今年度はおしまいです。次年度以降のステップ(図解⑫)に進めることを楽しみにしながら。
 最後に特に重要だと私が思うのは、図解④の「法人格・自然人格を問わず」というところです。法人というのは、平たくいえば会社のことです。自然人というのは、平たく言えば個人のことです。例えば、今回のワークショップで㈱ファースト社員の○○さんが自分自身ではすごく腹落ちして「こんなテーマに取り組みたいです!」と定義しても、会社=法人としての=㈱ファースト社視点で事業的・経営戦略的に意味がなければやらないんです。かといって、会社方針としてぶち上げられても、社員の○○さんの人生の価値観に相反してしまうなら、それは長続きしません。僕だって嫌です。なので、サーキュラーエコノミーの共創プロセスの中で、法人であっても自然人であっても、いち人格として尊厳を保って、自分の人生(法人の場合は事業活動)に腹落ちできる目的が描けるかどうか。そこが両者の間で適切に交差しないと、会社の事業活動のために個人の生活を切り捨てたり、その逆のことも起きてしまいます。法人格も自然人格もどっちもが健全に関わっていけるプロセスを取れることが肝なのかな、と。
 Wicked Problemに対する答えは出ていないが、良い問いかけと、それにちゃんと回答できる確度の高い現象が得られているという状態ですね。そもそも問いすら何か分からなかった問題に対して、問いは設定できたし、それに対するプロトタイプもできた。この社会では、そもそも時間の矢印の後戻りはできないので、その中でも比較的うまくいっている方策というか、この現象をそのまま進めていきたいと皆が腹落ちしてくれる、最初の雛形ができたんだと思います。それが今回の節目としてのゴールになるかな、と考えています。

未来の風土記=未来への問いかけ、ですね。


二〇二一プロジェクト・アンバサダー企業の皆様
株式会社アサヒ農園
長谷虎紡績株式会社
株式会社ノーリツイス
株式会社ファースト
トヨタ自動車株式会社

 

kaimen Prototyping 代表プロトタイピング研究家
長﨑 陸
一九八六年 徳島県出身。京都工芸繊維大学大学院デザイン経営工学専攻修了。アアルト大学 国際デザインビジネスマネジメント(IDBM Program)+スタンフォード大学 ME310プロジェクト 2009-2010にてデザイン経営とデザイン思考について専攻した後、GK Kyoto、KYOTO Design Labを経て現職。米国型と英国型、双方のプロトタイピング方法論の長所を掛け合わせ、実社会で精度高くプロトタイピングを運用する方法論「Jumping Fish® / Mr.CBF™」を理論化。それを基に「冷凍ゴミ箱CLEAN BOX」等様々なサービスの開発・事業化に取り組んでいる。GOOD DESIGN BEST100(2019)、iF Design Award(2020/2021)、グッドデザイン賞(2019/2021) ABC Award(2021) 特許権、意匠権ほか。

 

others

credit
Design & Photograph: Takahisa Suzuki(16 Design Institute)
Copywrite & Text: Atsuko Ogawa(Loftwork Inc.)
Text: Madoka Nomoto(518Lab)
Photograph: Yoshiyuki Mori(Nanakumo Inc.)

Director: Makoto Ishii(Loftwork Inc.)
Director: Wataru Murakami(Loftwork Inc.)

Producer: Yumi Sueishi(FabCafe Nagoya Inc.)
Producer: Kazuto Kojima(Loftwork Inc.)
Producer: Tomohiro Yabashi(Loftwork Inc.)
Production: Loftwork Inc.
Agency: OKB Research Institute

 

本プロジェクトへのお問い合わせは

株式会社FabCafe Nagoya CE事務局 
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Mail : info.nagoya@fabcafe.com


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