Interview | Vol.13 | 2023.03 update
住友商事株式会社 常務執行役員
兼 住友商事グローバルリサーチ株式会社 代表取締役社長
住田孝之さん
−今回プロジェクトでは、各社のサステナビリティ・トランスフォーメーション(SX)から、持続可能な社会を実現するために、自社だけではできないことを企業連携によって実現していくこと、そのプロセスを「循環」という営みを軸にして仮説的に設計することを試みています。
例えば、家庭菜園によって各個人の食料自給率をアップする。土と種の循環を起点に痩せてしまった土壌を回復・再生させることに参加する人が自然に寄与できる仕組みをビジネスとして設計し、同時に、人と人の繋がりや地域コミュニティを回復させる。500人ぐらいの最小単位の循環からスタートして、やがて、小さな循環が同時に行われる段階へとステップを上げていき、これらの循環の重なりが複合的になり、徐々に循環する地域が拡大していく。このように市民と企業が連携し合うことができれば東海だからこそ実現できるであろう“誰一人取り残さない”共生社会、循環社会の在り方を描き、社会イノベーションを実装することができるのではないか? という仮説を立てています。
上記を前提とした場合、ここでは、土壌再生によって「生物多様性の回復」という課題を解決していこうとアンバサダー企業を交えて協議を重ねているのですが、「生物多様性の回復」という言葉の定義について、もう少し解像度を上げていきたいと考えています。
植物、動物、気候、地質、土壌、地勢等、自然のファクターによって構築されるサブシステム=エコシステムについて、我々は、どのように捉え把握すべきか? 是非とも示唆を頂けますでしょうか。
まず、私が思っているのは、「生物多様性の回復」というアプローチは、言わば「幻想」のような面があるということです。なぜかと言うと、人間がこの生態系の中に80億人もいる。これは、明らかに地球の摂理、循環の仕組みからいうとtoo muchなんです。人間が生存し続ける以上、生態系を回復することは難しい。できるとしたら、可能な限り生態系に迷惑をかけないようにするというくらいです。それでも迷惑はかけてしまう。迷惑をかける程度を減らしていくということを「回復」というならわかりますし、それは極めて大事なことです。本当に「回復」までいけたら、すごいですが。
それから、どういうふうにしたらこの厳しい状況が見える、実感できるようになるのか。一つのやり方として、その種がどれくらい危機に瀕しているかという「レッドデータブック」、すなわち、絶滅危惧種のリストがあります。確かに大変なことだとは思うものの、正直言うと、何となく遠いところの話のように感じてしまう。そうではなくて、ある種、風土記的に、このエリアで何十年前にはこういう何十種類の蝶が見られたんですけど、今はこんなに少なくなってるんですよねとか、あるいは、土壌の中に、これだけの生物がいたけど、今はこうなってきましたねとか、あるいは、鳥の種類でもいいんですが、そういう身近な目に見えるものの状況を数字も含めて常に見えるようにしておいた方がいいと思いますね。
さらに、それが減ってきていることが、なんとなく生活実感としての「幸せ感」を減らしてるねと共感されればよりいいですね。例えば、鳥のさえずりが聞こえなくなった、水の使い過ぎ・汲み上げ過ぎで水が枯れてしまった、小川のせせらぎが無くなってしまったということは、人間の幸福感に確実に影響があるんです。五感はとても大事で、人間の基本的幸福感をすごく大きく左右しますから。
「幸福感」と括ってしまわないで、捉え方を分けたほうがいいかもしれません。ベーシックな生物としての幸福感と、金銭面、経済面などでの幸福感と。両方とも幸福感の要素であるのは間違いないですが、ベーシックな生物として感じる幸福感・満足感という面での豊かさを、もうちょっと見えるようにできないものかと思います。これは、行政が一生懸命やっても不思議じゃないですよね。その地域の魅力です。地域の魅力の一部として、そういうものを見出し、PRしていく。
そういう生態系の豊かさにからむような、自然の循環・摂理がしっかりとまわっているということを示すような指標を作って、その数字が良くなると、地域の魅力が出てきて、地域おこしになるというところに繋げることができれば、経済界としてもハッピーになる。行政は、そこをうまくブリッジしておいてあげる。それぞれの企業の事業と直接結びつかないかもしれないけれど、全体の幸福感を作ることを一つのターゲットにして、地域と企業が力をあわせていく。このターゲットに協力的な企業に対して、銀行は、例えば「〇〇銘柄」に指定してもいいですし、「△△グループ」のようなものを作って優先的な融資をするとか、そういう仕掛けを考えていくことが必要だと思いますね。
−生き物としての幸福度を指標にすると、確かに、企業にとっても、もう少しこのテーマが分かりやすくなってくるかもしれませんね。
ただ、人間は、自然のコンテクストの一部にはなり得ても、全てにはなり得ず、人間が支配すれば、自然はありのままのあるべき姿に再生することは難しくなります。それらを前提とした場合、これから未来における「自然」をどのようなものとして想定しておけば良いでしょうか。
まずは、人間が自然を支配するなど、とんでもない。人間は自然にすごく迷惑をかけているということを認識することです。たくさん存在することだけでも迷惑をかけている。さらにいろいろな活動をする。自然側から見たら、人間はどう見えているのかを考えてみることです。それがわかっていれば、「自然が物言わぬ最大のステークホルダー」だと実感できると思います。人間側から見たら、最大のリスペクトすべきステークホルダーは自然なんです。これがなければ、人間は生きていけない。自然から見たら、ちょっと多すぎて邪魔なんだよね、という存在なんです。人間は、慎ましくしなさいということなんです。
−人間側から自然を見るのではなく、ということですね?
繰り返しになりますが、自然側から見たら人間がどう見えているかということを考えた上で、人間として自然を見たら、自然が最大のステークホルダーとわかります。一番大事にしないといけない。少子高齢化による人口減少は、この視点からすれば決して悪いことではありません。短期的に借金を増やしてしまうと数の減る将来世代にツケを回すことになり大変なのですが、人口が減ること自体は自然や生態系から見たら何の問題もないことです。これは、少子高齢化の最も早く進む日本が世界に示す、自然との共生の姿とも言えます。世界に先駆けて人口が減っていく日本。2100年で3000万人台くらいの人口になるという推計もあります。その姿は、かなり生態系が許容できる均衡人口に近づいているとも言えます。
−人間は、自然の一部に過ぎない。
自然に存在する生命の一部です。もし自分がまた生命体として生まれ変わったとしたら、次は自分は虫かもしれないと思ってみると見方が変わるのではないでしょうか? 次は、虫や鳥や魚に生まれてくるかもしれない。そう思うと、自然をすごく身近に感じることができます。そんなことあり得ない、そもそも生まれ変わりなんてないと思う人も多いかもしれませんが、鳥や魚になった夢を見たりすることありませんか? ほんとにそうなるかもしれません。なかなかそう信じる人、それで納得する人は多くないでしょうが。
−やはり、「生物多様性の回復」ではない。
そうですね。生物多様性という恵みを、その中の一つの生命体である人間が享受させていただいて、それをつつましく享受し続けていくということなんでしょうね。要するに、自然にできるだけ迷惑をかけない、もし傷つけてしまったら、それを認識して、少しでも元に戻そうとするということですね。
−それによって回復するのは、むしろ人間の側であって、生物多様性は、すでにそこに在るものなんですよね。そのことを、まず理解する。
まさに、「自然との共生」です。生物多様性と共生するというのは、なんとなく変な言葉になってしまうので、やはり、自然との共生、自然と共に生きている、その中に在る、ということを重視するのがよいのではないかと思います。
−改めて、生物多様性の回復という表現は、すごくおこがましいですね。「自然との共生」という言葉が、表現として最適な言葉だと思います。
さらに、「人間性の回復」という課題についても解決策を見出していきたいと思っています。人と人の繋がり、コミュニケーションやコミュニティを回復させる。誰一人取り残さない共生社会、循環社会の在り方を描いていくという意味では、非常に重要な観点だと考えているのですが。
例えば、コミュニケーション問題は、さらに別の問題を孕んでいますね。私が強く感じるのは、コロナで増えたリモートワークのインパクトです。これは、コミュニケーション問題以前の問題で、在宅勤務が続くことが、意外にも人々のストレス耐性を弱めてしまったことに気づきました。在宅の環境で、ストレスのない、少ない状態に慣れてしまった人は、ちょっとしたことが癇に障るようになってしまう。だから、社会が余計ギスギスしてくる。これは予想外でした。
実は、出社して社会生活をする、ある程度苦にならない範囲で、他人の存在を意識して少しだけ我慢しながら生活することは必要なことだったように思います。それと同時に、人と人とが会って喋ってることにおける情報量の多さは実感します。リモートをやめようとは全く思わないけれど、リモートと他人が存在する社会生活をいいバランスでやらないといけないのではないかと実感します。ずっとリモートというのは、人間の感性や社会性、ストレス耐性を退化させ、健全なコミュニケーション力を減退させてしまう。生物的に言うと、まさに五感が鈍るということなんでしょう。周囲のことが感知できなくなってしまう。相手がどう感じ、思っているだろうか? と考えなくなり、感じなくなり、想像できなくなり、そこに気を配らなくなってしまう。現代のコミュニケーションに関する問題が、かなりそこに凝縮されているように感じます。要するに、ストレスフリー、すなわち、自分のことだけ考えていればよい状態が長すぎる、あるいはそこに逃げ込んでしまうということが大きな原因なのではないでしょうか?
−想像力が働かなくなるのは、非常に問題ですね。
殴り合いをしなくなったから、人の痛みがわからなくなったということが昔言われていました。それと同じで、子どもの頃から、そういうストレスや痛みを感じたことがないくらい、凪の状態で暮らしてしまう人が多くなっている。だから、ちょっとしたことについて、相手がどう思うかわからない。想像もできない。中間的な状態なしに、ゼロイチで考えて、必ずどちらかが、そして多くの場合は自分が正しい、一方は間違い、と思って、ガーッと言ってしまったりする。それが、コミュニケーション問題を招く。それは人間という種の退化かもしれない。生態系の中では、ますます弱者になるのかもしれません。
−自然に対しても人に対しても、想像力を働かせて感性で捉え直していく、ということが、まずは「回復」の前提としては、重要なファクターになりそうですね。本日は、ありがとうございました。
*
自然との共生、自然と共に生きている、その中に在る、という氏の言葉から、Tokai Circular Society 2030 Visionの目指すべきテーマとして、「自然との共生」という表現で設定することに後日決定した。
“人間が”解決する課題として設定するのではなく、あくまでも、謙虚に、目指すべきこととして、テーマの設定を行っている。人間は、自然の一部という存在に過ぎないのだから。
住友商事株式会社 常務執行役員 兼 住友商事グローバルリサーチ株式会社 代表取締役社長
住田 孝之
1962年生まれ。1985年東京大学法学部卒業後、通商産業省(現経済産業省)入省。1993年米国ジョージタウン大学国際政治大学院卒業。経済産業省では、産業政策、FTA等の国際交渉、環境・エネルギー政策、イノベーション戦略などに従事。エコポイントやプレミアムフライデーを立案したほか、大阪万博の「命輝く未来社会のデザイン」というテーマを策定。知財戦略推進事務局長としては、知的財産戦略ビジョンをまとめ「価値デザイン社会」を提言。2019年に住友商事㈱に入社し、2021年4月から現職。無形資産など非財務要素を活用した企業の価値創造に焦点をあて、2007年にグローバルなNPOであるWICI(世界知的資産・資本イニシアティブ)を立ち上げ、2022年6月まで会長を務める。
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Design & Photograph: Takahisa Suzuki(16 Design Institute)
Copywrite & Text: Atsuko Ogawa(Loftwork Inc.)
Text: Madoka Nomoto(518Lab)
Photograph: Yoshiyuki Mori(Nanakumo Inc.)
Director: Makoto Ishii(Loftwork Inc.)
Director: Wataru Murakami(Loftwork Inc.)
Producer: Yumi Sueishi(FabCafe Nagoya Inc.)
Producer: Kazuto Kojima(Loftwork Inc.)
Producer: Tomohiro Yabashi(Loftwork Inc.)
Production: Loftwork Inc.
Agency: OKB Research Institute
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